「ときどきの少年」(五味太郎)

子どもの世界っていいですねで終わっていない

「ときどきの少年」(五味太郎)
 新潮文庫

草野球の審判を引き受けた
若い警察官は、「ぼく」たちに
技術指導まで始める。
「ぼく」はそれを煩わしく感じ、
いつもの調子が出ない。
最終回、塁に出た「ぼく」は、
ピッチャーゴロにもかかわらず、
本塁へ頭から突っ込む。
その判定は…。
「クロス・プレー」

絵本作家として有名な五味太郎さんは
文章も書いていました。
私の愚妻が絵本好きで、我が家には
今でもたくさんの絵本があります。
五味太郎さんの絵本も、
息子が小さいとき、
何度か読み聞かせをしたものです。

本作品は一応エッセイなのですが、
短編小説と言っていいほどの作品が
収録されています。
「クロス・プレー」などは、
平成の最初のあたり、
中学校二年生の国語の教科書に、
随筆ではなく小説として
掲載されていたくらいです。

少年たちの草野球が
目の前に展開されてくるかのようです。
そしてその中で、
大人を眺める少年時代の筆者の
鋭い観察眼が光っています。

キャラメルに付属する
おまけの野球カードは
何が出るかわからない。
「最高殊勲選手カード」を引くと
カメラがもらえる。
何個も買って
おまけを確かめるが、
肝心のカードは現れない。
意を決した「ぼく」は
おばあさんの一瞬の隙を突き…。
「野球カード」

なんと200個入り2箱を
強奪するのです。
カードをすべて確かめると…。
冷静に考えると単なる万引きであり、
現代でこれをやれば即警察に通報です。
しかし、まるで爽やかな
冒険小説を読んだ印象があります。

ただし、昭和の時代を懐かしみ、
ノスタルジックに浸っているだけでは
ありません。
「お山の大将」では、
当時の「ガキ大将」なる者に
辛辣な視線を送っています。
「社会正義のために
 活躍する暴れん坊が、
 実はその社会正義のために
 多大な危険を胎んでいるのと
 同じように、
 ガキ大将の存在は
 健全な生活を
 希(ねが)う子供たちにとって
 うれうべきものである。
 それらに共通した力は
 愚鈍さを押し隠す狡猾さであり、
 躊躇する者を
 脅迫する行動力である。」

「子どもの世界っていいですね」で
終わっていないところが
素晴らしいと思います。
絵本とは違った魅力を持つ本書は、
五味太郎さんの絵本作家とは思えない
透徹した視線と圧倒的な文章力で
読み手を
昭和二十年代三十年代へと誘います。
中学生と、
今現在五十代の大人のみなさんに
薦めたいと思います。

(2020.4.28)

はなたれ君さんによる写真ACからの写真

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